映像研究科映画専攻、編集領域の教授に就任し、はや数ヶ月が過ぎようとしている。
映像が無秩序に溢れる時代、映画?映像と真摯に対峙する(せざるをえない)環境にいられることは、とても嬉しいしワクワクする一方で、責任と重圧も感じている。
そんな日々を過ごしているなか届いたのは、映像研究科の生みの親ともいうべき堀越さんの訃報だった。
新聞、ネットと巷に溢れた数多くの追悼コメントが、このニュースがいかに多くの映画人や関係者にショックを与えたかを物語っているし、その存在の偉大さをあらためて痛感している。近しい人たちの言葉には到底及ばないだろうが、私の知っている堀越さんのことを少し書きたいと思う。
堀越謙三東京藝術大学名誉教授は1980年代に渋谷にユーロスペースを創設し、日本のミニシアター文化の先駆者として世界の映像?映画作家の数多くの作品を日本で公開した。そして、プロデューサーとしてもレオス?カラックスら錚々たる監督を支え、また映画美学校や東京藝大映像研究科を設置するなど、教育者としても多くの映画人を輩出した。何より、堀越さんがいなければ日本で公開されなかった数多くの名作を思うと、彼がどれだけ多くの人間に影響を与えてきたかは計り知れない。
堀越さんと私の最初の出会いは、今から20年ほど前「ポーランド映画選」という映画祭を企画した時だった。私が藝大に入学する前で、一緒に企画した友人の石川慶(映画監督)と堀越さんに実行委員の依頼をした。アポを取って藝大のロビーで会ったのに「僕、そういうの、全く興味ないから」と一蹴された。私の映画専攻入学後に映画祭は無事開催に至ったのだが、大学の廊下で堀越さんとすれ違うと「まさか、やれるとは思わなかったよ」と笑いながら言われた。その時、私は「よく開催にこぎつけたな」と堀越さんらしい労いの言葉だと受け取った。
その後博士課程に進学し、堀越さんとも多くの時間を過ごす事になる。突然呼び出され、国際的なシンポジウムとイベントを3ヶ月後に開催したいと言われたり、大規模なワークショップを実行して欲しいと急に依頼されたりもした。私は楽観的なので「面白そうですね、やりましょうか。」と楽しんでやったのだが、よくよく考えるとなかなか沢山の無茶振り(?)が飛んできたなと思う。
編集者としての繋がりも沢山いただいた。アミール?ナデリ監督の「CUT」という作品を私が担当することになったのも堀越さんからの電話があったからだった。スケジュールの都合があり、別ルートで来た「CUT」の編集依頼を既に2回断っていたのだが、3回目の電話は堀越さんからだった。三顧の礼ではないが、堀越さんならと何かを感じ承諾した。
その事もあり堀越さんがアッバス?キアロスタミの「Like someone in love」をプロデュースした際にも、編集として関わらせていただいた。世界的に知られた巨匠のキアロスタミが日本で映画を撮り、カンヌ映画祭コンペティション部門で上映する。堀越さんだからこそ実現した映画だった。堀越さんの言葉や存在には、何か人を動かす魅力があった。形式ばった言葉や交渉では微動だにしなかったものが、堀越さんが入ると不思議と動き出す。
「お前が完璧じゃないのに、相手に完璧を求めるなよ」
楽観的で良いのだと私に自信を持たせてくれたのは、堀越さんであった。楽観的でいいから、まず自分が惚れたものや、やろうと決めた事のために動く。
突然の無茶振り、丸投げ、理不尽、準備不足、そう批判されているのを耳にしたことも一度や二度ではない。でも、堀越さんが旗を振れば一流がゾロゾロと集まってくる。堀越さんは本当に多くの人たちに支えられていたと思う。でも、それができるのも、やはり底知れない人間としての魅力があるからに違いなかった。
先日、晩年の著書『インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ』(筑摩書房 2022)を再読した。グラスを傾けながらページをめくっていると、まるで堀越さんと酒を飲んで当時の話を聞いているかのような錯覚を覚えた。そして同時にあの時間はもう二度とないことを思い知った。堀越さんがいなくなり何か暗い洞がでてきた。一つの時代が終わったとはこういう感覚なのだろうか。
本当に最後まで、映画やアニメ業界の未来と可能性を考えていた人だった。微々たる事しかできないかもしれないが、その想いや熱意を次世代に繋いでいくことは、この場所にいる私の最低限の責務だと感じている。
写真(トップ):2012年カンヌ映画祭にて(堀越さん(左)奥
横山昌吾
東京藝術大学大学院 映像研究科映画専攻教授
神奈川県生まれ。ロンドン?カレッジ?オブ?コミュニケーション(London College of Communication)で映画メディア学士を取得。帰国後、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻に入学し、編集を専攻。アッバス?キアロスタミ監督『Like Someone in Love』、アミール?ナデリ監督『CUT』, 石川慶監督『conversation(s)』、染谷将太監督『シミラー?バット?ディファレント』、ナグメシルハン監督『Maki』、半野善弘監督『彼方の閃光』など国内外の作品の編集などを担当。長年にわたり、ASEAN諸国を対象とした国際映画制作ワークショップのディレクターを務めた。 映像メディア学博士。